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2011年9月28日水曜日

久々に猫が増えた

先日、実家に帰ると猫が増えていた。
最初に私が捨て猫を拾ってきて以来、基本的にそれ以降の猫共は住み着いている猫が少なくなると何処からか野良猫がやって来て居着いたものばかりだったので、何となく猫は“飼う”というよりも“やって来る”ものという感覚があった。
しかしここ数年は1匹になってしまって増える事が無く、そろそろ増えてもいい頃だなと思っていたが何と今回は血統書付きのを“買ってきた”。
猫は猫だし野良だって十分可愛いのだが、流石苦労を知らない猫は愛嬌の塊である。
手を差し出せば指先にじゃれつき、差し出さなくても足にじゃれつく。
聞けば子猫ではあるが長らくペットショップで売れ残っていたらしい。
愛嬌はいいし、じゃれつくにも爪を出さないよう気を使ってるようで、何で売れ残っていたのか不思議なくらいだ。
既に成猫である先住と同じ位大きいのだがまだまだ子猫、遊びたい盛りで起きている時にまともに写真が撮れたのはこれくらいだった。

p.s.ところで“成猫”は何と読むのだろう。
辞書には載っていないようだが、愛猫を“あいびょう”と読むので“せいびょう”だと思うが、性病と間違えやすいから使わないのだろうか。

三日坊主を繰り返し…

2012年6月30日にMobileMeが終了するのに先立ち、全く更新していないが一応私のWebページも移す事にした。
移行する度に三日坊主を繰り返してきたので今回移して残すかどうか少々迷っていたのだが、大して労力が要らないほどの内容なので残す事にした。
今回iWebからの移行で、ストレートにBloggerへ移す手段が無かったので手動で一つ一つ移していったのだが、過去に書いたものを読むのは非常に恥ずかしい。
色々勘違いしてる事や間違っている事を訂正しようかとチラッとだけ思ったが、まあ当時はそう思っていたし記憶していた事なので、そのまま載せる事にした。
後は写真だけのページをどうするかだけれど、Bloggerを使うならPiscaを使うのが楽なのかな?

p.s.写真は私のものではなく、実家の母が使っている油絵のパレット。
別に母が三日坊主な訳ではない。

2009年5月8日金曜日

虹を見た


 雨上がりに自転車で走るのは泥を跳ね上げて洗車の必要が出てくるからあまり好きではない。
 しかしこの日は何となく走りたくて外に出た。
 こんなにハッキリと奇麗で大きなものを見た事が過去にあったかどうか思い出せない程に見事な虹がかかっていた。
 雨上がりにはいつもこんな虹を見る事が出来たら、洗車なんて大した苦労ではなくなるのに。

2009年5月4日月曜日

IN-TRANSIT SCAN CHIBA, JP


 日本はゴールデンウィーク突入である。
 当然と言えば当然だが、お役所はカレンダー通りにきっちり休む。
 それは税関だって変わりはない。
 しかし、それで良いのだろうかと私は思う。
 日本に出入りする貨物はこの間パッタリと動きを止める。
 その間も国内外の荷物は税関に溜まり続け、当然休み明けはしばらく貨物の流れは滞る事になる。
 運送会社の企業努力はここで水泡に帰す事になる。
 何を言いたいのかというと、私が発注した荷物がゴールデンウィーク初日の朝に税関で引っかかり、その結果1週間近くそこに留まったままだろうという話だ。

2009年4月15日水曜日

クロスバイクの初ゴケ


 いつかは転ぶだろうなと思いつつ、毎回なんでもないところで転ぶ。
 まあ、危なそうなところはそれなりに注意しているだけあってそんなもんだろう。
 多摩川サイクリングロードの残堀川を渡る橋を越えたところに小さな公園がある。
 どうやら私に取ってここは鬼門らしい。
 昔々BD-1で転けた時もこの橋を渡った直後、普通そんな端を走る訳が無い路面の端と植え込みの段差で転んでしまった。
 そのとき何が恥ずかしかったかと言うと、ちょうど路面を整備していた人がそれを見ていたらしく、次週訪れた時に私が転んだその場所だけ土を盛って段差が埋められていた事だ。
 いや、そんなところにタイヤ突っ込む奴はいない。
 今回はそこではなく、2つの川に挟まれた突端側のタイトなコーナーだ。
 普段は何の気無しにクリアしているのだが今回は前日降った雨で端の土が泥になってしまって前輪が滑ってしまった。
 運の悪い事に天気がよかったので短パン半袖である。
 速度は出ていなかったがスネを盛大に擦りむいてヒリヒリして仕方が無い。
 手はグローブをしていたおかげでグローブに穴をあけただけで助かった。
 グローブのおかげで助かったのはこれで2度目。
 安全装備は大事だね。

2009年3月9日月曜日

何度目の正直?


 iBlogを試した前回から再び、新調したMacにiWebの最新版が付いてきた事を機にページを更新。
 だんだんとHTMLを直接触るのが面倒になってきたので簡単に更新出来れば続けられるのではないかと極力楽な方法をとる事にした。
(とはいえファイルネームにURLエンコードが必要なものを認めてしまうiWebはどうかとは思う)
 小さい頃から日記も三日坊主で終わるばかりだった私なので今回もいつまで続くやら。

2004年8月28日土曜日

再開


しばらく楽しみの為に自転車で走るのを止めていた。しかし例え仕事の移動だろうと、自転車で走るのは気分がいい。
 しばらく楽しみの為に自転車で走るのを止めていた。
 会社を辞めてしばらく何もやる気が出なかった事もあり、何処か遠出をしようという気が起きなかったのだ。
 その後、フリーランスとして働き始めてからはしばらく忙しくて何も無い時は寝ていたい気持ちが強かったのもある。
 最近仕事の移動で自転車を使う時、その爽快感が戻って来た。
 例え仕事の移動だろうと、自転車で走るのは気分がいい。
 先日、仕事も一段落したので帰省するのをきっかけとして、自転車を整備した。
 色々気になる部分が出て来たのだが、いかんせん帰省まで時間が無い。
 取り敢えず出来るだけの事をして、自転車を持って実家に帰ってきた。

2003年12月6日土曜日

ドロップとノンドロップ(結局アップグレード)


民生DVに特化されたFinalCutExpressでは少々使い辛く、結局FinalCutProへアップグレードした。
 ドロップとノンドロップの違いはタイムコードの数字の付け方のみで、フレームレートは29.97fps.でどちらも変わらない。
 以前、映像の処理はAfterEffects のみで行うと書きはしたが、予算や時間が圧迫された仕事の場合、そうも言ってられない事もままある。
 そういった場合FinalCutExpress を使ってきたが、民生DVに特化している為、少々気になる点も出てくる様になった。
 一番気になる点は、些細な事ではあるのだが、ノンドロップフレームが扱えない点である。
 民生DVはその規格としてタイムコードにドロップフレームを採用している。
 ドロップフレームとノンドロップフレームは両方とも29.97fps.、その違いはタイムコードの数字の付け方のみではあるのだが、ドロップフレームは今ひとつ私にとって使い辛い。
 日本の放送規格であるNTSC (これはアメリカの規格をほぼそのまま持ってきたものだ)は秒間30コマ、30fps.と呼ばれる事も多いが、実際は29.97fps.である。
 正確に言うとNTSCの白黒規格では30fps.だったのだが、互換性を保ったままカラー規格を作ったときに色信号が収まりきらずに29.97fps.となってしまったのだ。
 つまり、1秒につき、0.03フレームのズレが出てくる事になる。
 残念ながらこのフレームレートはデジタル放送でも変更されなかった。
 ちなみに、音楽業界は30fps.が実は基準となっているらしい。
 それはさておき、これが続くとノンドロップフレームでは実時間とタイムコードとの間で数字が違う事になり、これを補正したものがドロップフレームだ。
 放送では実時間とのズレは問題なので、ドロップフレームが使われるが、イベントや包装用も含む素材等ではノンドロップフレームが一般に使われている。
 何故、放送を前提としないはずの民生規格のDVでドロップフレームを採用しているのかは謎だが、規格は規格仕方が無い。

2003年11月25日火曜日

壁は自分で作ってしまうものなのだ


今では例えゲームとはいえ、海外の人と交流する機会がある。
しかし、それを怖れてしまってはせっかくの機会を無に帰す事が往々にしておこるものだ。
 先日、やっと大変だった仕事を終えて、今はまっているネットワークゲームFinalFantasyXI で久々にパーティーを組んだ。
 どうせなので、北米の人達のパーティーに参加してみる事にした。
 ついこの間このゲームでは北米版 が公開され、海外で日本語版を輸入してプレイしていたコアなゲーム層以外にもサーバが開かれた。
 特徴は時差を利用してサーバの負荷を均一に点だが、同時に利用者にとっては今までの事例とは違った他国の人々と同じサーバーでプレイする環境となった。
 それに関する様々な事柄のアナウンスをしなかったサービス提供者としてのスクエアエニックスの姿勢にはかなり問題があるが、ネットワークゲームとしての環境はそれぞれにとって異国の言葉が飛び交う興味深いものとなった。
 しかし、残念ながら英語に尻込みし、無反応でやり過ごそうとする日本側と、英語専用のベータサーバから事前に本運用時は日本語環境との混合サーバーであるというアナウンスが一切されなかった混乱した英語版のユーザーの差は少々埋めがたいものとなっている。
 聞くと向こうからの問いかけにも無言で通す人もいるようだ。
 この機会を肯定的にとらえるのが冴えたやり方だと思うのだが。

2003年10月28日火曜日

ユーザーインターフェイス

Macintoshの初期に出された開発者用の参考資料、“ヒューマン・インターフェイス・ガイドライン”は少々の改訂を経ただけで、つい最近まで生き残ってきたリファレンスである。
 いつも乱雑な部屋の中で何とも無く、むしろその状態が心地よい位なのだが、たまに発作的に片付けたくなる事がある。
 その度に大きなゴミ袋が幾つも出る事になるのだが、今回のゴミは手持ちのソフトの古いバージョンのマニュアルが大半を占めた。
 ほとんどのMacintoshユーザーがそうだろうが、私も例外ではなくマニュアルをほとんど読まない。
 おかげで捨てるマニュアルのほとんどがラップがかかったままだったりする。
 購入した最初のバージョンはさすがに隅から隅まで読んだのだが、それ以降はまず読まなかった。
 ユーザーインターフェイスがほぼどのソフトも同じで、同じ様な使い方が出来るからマニュアルを読まないでも使える。
 特に、つかむ事が出来るオブジェクトなら、同じ操作で同じ結果を望めるのは、Macintoshならではと言う事ができ、Windowsではまだ少々時間がかかりそうだ。
 それは、ただ派手なだけのインターフェイスを良しとしてしまっているからだと私は考える。
 Macintoshの初期に出された開発者用の参考資料、“ヒューマン・インターフェイス・ガイドライン”は少々の改訂を経ただけで、つい最近まで生き残ってきたリファレンスである。
 しかし、その内容は人とキーボードやディスプレイの位置関係までをも含めた本当の意味でのガイドラインである。
 それは非常に多くのサンプリングに基づく、物理的/視覚的インターフェイスを作る上で、今でもバイブル的な存在だと思う。

2003年10月16日木曜日

「宇宙船とカヌー」を読み始める

宇宙と海、それぞれを目指す父と子の似て非なる感覚には目眩を感じる
 打ち合わせの時間が遅れたので、暇つぶしに本屋で「宇宙船とカヌー」を買った。
 前々から気になっていた本で、フリーマンとジョージのダイソン親子を扱った本だ。
 父のフリーマン・ダイソンはSF好きには「ダイソン球」で、そうでない人でも宇宙船「オリオン計画」やスペース・コロニー計画で知っている人もいるだろう。
 片やジョージ・ダイソンはカヌーを愛するエコロジスト。
 2人の正反対とも言える生き様を交互に記したこの本は、宇宙船をその技術を含めて開発して宇宙へ行こうとする父と、海へ昔の技術を元に自分の作ったカヌーで漕ぎ出す息子のその正に似て非なる感覚は読んでいて目眩を感じるほどだ。
 まだ読み終えていないのだが、お薦めの本である。

2003年10月12日日曜日

思ってもみなかった形

 Slashdot Japan で、“宇宙はサッカーボール型? ”という話題が出た。
 宇宙は有限で正12面体だという説が出たらしい。
 今まで球体とか、馬の鞍型とか、平面だという説を聞き慣れていた耳には非常に新鮮だ。
 何となく有限なら角のない滑らかなものだと思っていたのが多面体だった、とは。

2003年10月7日火曜日

写真を撮らなくなって久しい

少なくとも私にとって、撮る事は何かの代用という様な気がする。
それを内省する前にひとまず、何故私が写真を撮る様になったかを振り返ってみる。
  私が写真を意識して撮りだしたのは、高校の頃だった。
 いや、意識せずに、と言った方が近いだろう。
 部活に入り、その周りの友人が皆写真を撮る環境で、当然ながら私もカメラを買い、写真を撮りまくった。
 その後写真学校に入った時以上にフィルムを湯水の様に使い、放課後はほぼ毎日現像とプリントをして過ごしていた。
 正直、その時の経験が暗室作業では一番役に立っていた様な気がする。
 高校を卒業して、その先何をするのか何も考えていなかった私は、流される様に大学受験に挑戦したが、当然ながらいい加減な気持ちでは受かるはずもなかった。
 浪人中、予備校に通う事は通ったが、その間も予備校を抜け出しては写真を撮りに彷徨い歩いていた。
 写真を撮りたいから、撮る。
 お金を出してくれた親には申し訳ない話ではあるが、その後の私の方向性が決まったその時間は非常に有益だったと今では言える。
 ああ、撮り続けたいな。
 そう感じると同時に未熟さも感じた私は写真の専門学校に入る事にした。
 そこで習った事を一言で言うと、“写真家になるのではなく、写真を撮る生き方をする”ということだった。
 そもそも写真家になるのは簡単だ。写真家としての名刺を作ればいい。
 しかし、写真を撮る生き方をするのは難しい。
 如何に難しいかは今の私自身が物語っている。
 が、専門学校での経験は一番重要な考え方が今の仕事にも役に立っている。

2003年10月5日日曜日

"iBlog"を試す

 今まで登録してはいたものの、ろくに使用していなかった.Mac だが、専用バージョンのiBlog が期間限定で公開されたので、俄然興味が湧いてきた。
 今ネットワークゲームにログインしているにもかかわらず、そっちのけで色々試しているところである。
 使える様であれば、1年更新の止まった私のWebサイトを.Macへの移行し、これに切り替えて続けていこうと思う。

2003年6月3日火曜日

Cat Lover宣言


私は元々動物好きで、“犬と猫どっちが好き?”と訊かれると両方という感じだった。
しかし、ひょんな事から猫を飼い始めてからは、明らかに猫好き度が格段に上がってきた。
ペットを飼っている人は皆うちのペットが可愛いと口を揃えて言うが、どう見ても同じ様なものだ。
あえて私もここでハッキリ言っておこう。
うちの猫達が一番可愛い。

2002年7月13日土曜日

祭りの夜


 毎年の様に、佐原の祭りに来ている。
最初は写真学校のゼミでの授業だったのだが、妙に居心地がいいのか、今年も同じ場所で酒を飲む。
正直に言って実家のある町の祭りや、今住んでいる町の祭りよりもここに来ている様な気がする。
段々と来る度に写真を撮る事よりも、ただここに来る事だけが主眼となってきている。
昼頃に佐原に着き、同じ店で蕎麦をすすり、申し訳程度の写真を撮り、同じ銭湯で風呂につかり、日暮れになると同じ酒屋の前で酒を飲みつつ山車を眺める。
非常にゆっくりとした雰囲気は他では見られない気がする。
だからこそ、ここが好きなのだ。

2002年7月6日土曜日

走る事

 「自転車に乗って何か変りました?」
自転車に乗始め、同じ趣味を持つ人たちと走り初めてしばらくの頃、そう訊かれた事があった。
その時は、余り考えずに“変っていない”と答えた。
しかし、それ以来何度か再び考える事がある。
滝の様な汗を流しながら、ただただ坂を登ってゆく。
自転車を趣味とする前の休日の5時過ぎというのは寝る時間であって起きる時間じゃなかった。
稼いだ高さを一気に下り、次の登りにさしかかる前に走りながらボトルから水を飲む。
天気が良くても何も用事が無ければ外に出る事はなかった。
峠を登り、そして下る。
確かに私は変った。

1999年4月25日日曜日


 近頃、何となく空を見上げていることが多い。
別に大したことではないが、こんなに電線が多かったかとふと思う。
いつの間にか増えたのだろうか。
それとも、ただ気が付かなかったのだろうか。
今までそれは私にとってあまりにも自然な事だったのが、微妙な心境の変化があった為にその景色の捉え方も変わったのだろうか。
何と私はそれを自然なものと考えていたのだろう?
あるがままが自然なら、その景色は私が物心付いたときから既にあった“自然”なものだ。
何らかの形で人の手が触れていないものを見付けることがまず出来ない今では、それが自然となったのだろうか。

1998年3月5日木曜日

長い隙間


 久々にフィルムを現像する。
ただでさえ撮影本数の少ない私だが、最近めっきり撮らなくなった。
おかげでコンタクトプリントは日記の様だ。
コマを見返すとその時のことを思い出すと同時に、その時間の開きに苦笑する。
文章に行間を読むという言葉があるように、写真にもコンタクトプリントのコマ間を見るという言葉がある。
私のコマ間は、余りにも長い。

1997年9月19日金曜日

夏の名残り


 いつの間にか、夏が終わった。
忙しさや気怠さに紛れたまま。
何も無かった訳ではないが、その暑さだけしか印象がない。
今年は木陰で涼む事も、西瓜を食べる事も無かった。
はっきり言って特別な事ではないが、色々なやりたいことも、又来年。
夏の日は、短いからいいのだ。